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名古屋高等裁判所金沢支部 平成2年(行コ)3号 判決 1991年1月30日

富山県富山市中市一八番地

控訴人

遠藤宏

右訴訟代理人弁護士

葦名元夫

富山県富山市丸の内一丁目五番一三号

被控訴人

富山税務署長 川岸健

右指定代理人

天野登喜治

高瀬正毅

二和田将弘

浅井俊延

舟元英一

松本秋景

木村亘

有沢勇一

上田好一

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人が、昭和五四年七月九日、控訴人の昭和五一年ないし昭和五三年分の所得税についてした各更正及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

(三)  訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

二  当事者の主張

当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

1  訂正

原判決二〇枚目裏七行目の「男子注文服製造小売、」を削り、同行の「男子既製服小売」の次に「、洋品雑貨小売」を加え、同二一枚目裏三行目の「共同」を「協同」、同二二枚目裏三行目の「税額」を「所得金額」と改め、原判決添付別紙1及び7の各<7>欄の「洋品雑貨」をいずれも「洋品雑貨小売」と改める。

2  控訴人の主張

(一)  控訴人は、収入金額及び必要経費について、ほぼ実額の立証をしているから、右実額によって所得金額を算定すべきである。

(二)  仮に、原始資料の保管が不十分である等の理由で、実額を全面的に採用できないとしても、推計方法相互の比較並びに推計方法と実額反証の比較とは、個々のケース毎に、客観的に存在しているはずの所得額の認定確認手段として、どちらがより合理的か(どららがより正確性をもって客観的な所得額を捕捉しているか)、相対的比較が可能な性質のものである。したがって、実額反証が推計の確実性を越える場合は、実額反証を採用すべきであり、推計を一部修正したり、実額の立証を反映させるべきである。しかるに原判決は、原始資料等の存在が不十分であるとして直ちに推計の合理性の判断に移っているが、これは推計の合理性があるという結論を先に出し、実額立証を無視したものである。

(三)  本件推計に用いた同業者の売上原価率は三〇パーセント前後であるのに対し、本件係争各年度以後の控訴人の売上原価率は、

昭和五五年度 五三・七九パーセント

昭和五六年度 四八・〇五パーセント

昭和五七年度 五五・一三パーセント

昭和五八年度 五〇・四一パーセント

昭和五九年度 四八・三八パーセント

昭和六〇年度 四六・〇四パーセント

と、五〇パーセント前後であり、推計による同率との差は余りに大きく、本件推計の不合理性を示すものである。

3  被控訴人の主張

(一)  控訴人の前記(一)の主張は争う。控訴人の本件各係争年分の総所得金額を実額で算定することはできない。

(二)  同(二)の主張は争う。

推計課税とは、直接資料によらずに、各種の間接的な資料を用いて、事実の所得にできるだけ近似した所得の額を算定し、これをもって真実の所得の額として、この所得を基に課税する方法であり、推計は真実の所得を認定するための一つの方法であるが、あくまでも推計であって、真実の所得を算定したものではない。これに対し、実額課税は、客観性及び合理性を有する証拠資料によって実額、すなわち真実の所得を認定し、その所得を基に課税する方法である。

したがって、納税者が実額課税を主張し、推計課税を破ろうとする場合は、実額すなわち真実の所得を主張・立証すべきである。そして、真実の所得を立証するためには、収入と必要経費の全てについて個々の発生原因事実を主張し、かつ、右主張を立証するための客観的で合理性を有する証拠資料を提出しなければならないというべきである。

しかるに控訴人は、売上帳、現金出納帳等の基本的な帳簿、記録を作成しておらず、控訴人提出の資料によっては、収入の脱漏のないことの記帳上の担保がなんら存在しないため、帳簿、記録間の照合、確認ができず、真実の所得額の客観的な把握は不可能であるから、実額課税をすることはできない。また、部分的に推計を修正等することは相当でない。

(三)  同(三)の事実は争う。

三  証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断するところ、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決二五枚目裏六行目の「同年」を「昭和五三年」、同二六枚目表末行の「同年」を「昭和五四年」と改める。

2  原判決二八枚目表三行目から同裏四行目までを以下のとおり改める。

控訴人は、原則として、注文服を受注すると、先ず採寸帳を作成し、ほぼ同時に受注簿に記帳し、納品段階で納品書及び請求書を作成し、納品が行われ、代金が入金されたときは受注簿に<合>又は<済>の印を付していたことが認められる(原審証人遠藤憲子)。

そして、右各受注簿には、男子注文服及び既製服について、日別に受注内容(所属、客名、品番、品名、オーダーメイド(OM)・イージーオーダー(EO)・既製服(R)の別、受注金額、支払方法)が記載されている。

しかし、右各受注簿は、採寸帳に記載があるのに受注の記載がないものがあり、審査請求の際、そのような事例が三三例あると指摘され、控訴人は、昭和五一年分四九万九〇〇〇円、昭和五二年分八五万五〇〇〇円、昭和五三年分一〇二万〇八〇〇円の売上の記帳漏れがあったことを認めていた(甲一、一〇六の一、原審証人遠藤憲子)。

右事例は、採寸帳が作成されていない場合には発見不可能であるところ、控訴人においては、固定客で寸法の分かっている場合など、改めて採寸せず、過去に作成された型紙を利用することがあり(原審証人遠藤憲子)、採寸帳が存在しないのに受注簿に記載のあるものが八七例もある(甲六、一一一)ことからすれば、売上の記帳漏れが前記三三例にとどまるものか疑問があるといわざるをえない。

控訴人は、審査請求の際認めた売上漏れは、実際に売上が存在しなかったもので売上漏れではなく、甲第一〇三号証、第一〇六号証の一、二のように返品・型見本・贈答品・他店の売上・職人の売上・返品による作り直しによるものであると主張し、前記遠藤証言はこれに沿うものである。確かに昭和五三年一〇月一一日塚田分(甲一〇六の一番号6)については、採寸帳の生地欄に品名が記載されず、〔先地〕と記載されていることから、生地を本人が持参したことは認められる(甲一一一の一九七・一九八)。しかし、工賃二万八八〇〇円を貰わなかったことを認めるに足る証拠はない。また、昭和五三年九月渡辺分(同番号17)は、型見本として作成したものであり販売用ではないと主張しているにもかかわらず、企業局の渡辺名義で採寸帳が作成されており(甲一一一の一七九)、不自然である。さらに昭和五三年一一月伊勢分(同番号25)は、他店の売上(販売の名義貸)であるといいながら、北銀県庁内支店伊勢名義で採寸帳が作成されており(甲一一一の二四四)、採寸取りもなされており、右主張と矛盾するものである。なお、控訴人が返品と主張する一五事例は、寸法が合わない・生地のトラブル・注文時と約束違い・縫製ミスによるものであるというのであるから、いずれも注文品の製作後のことであり、前認定のように受注簿は採寸帳とほぼ同時に記帳されるものである以上、これらのトラブルによって返品となる事例があっても、受注簿には一旦記載されるはずであり、現に受注簿の中には、取消等の理由で一旦記載した内容を抹消しているものも認められるのであるから、返品のために受注簿に記載しなかったとの主張は採用できない。これらの疑問のほか、控訴人の主張する売上がなかった理由についてはこれを裏付ける客観的な資料もない。そうすると控訴人の主張するように売上漏れがなかったと認めることはできない。

このように受注簿には、売上の記帳漏れが見られるばかりではなく、採寸帳との不一致も少なくなく、また控訴人から提出された納品書や請求書も一部しか存在せず、受注簿の記載の正確性を確認するには極めて不十分であり、結局右各受注簿は、注文服製造小売と既製服小売による売上金額の実額を認定する資料とすることはできないものといわざるを得ない。

次に売店売上帳は、日記帳に県庁売店における洋品雑貨の売上合計額を日毎に記載し、売上品目及び点数をネクタイ5、ズボン3のようにまとめて記載したものである。

しかし、右売上帳は、記載方法からみて、販売の都度記帳されていたものとはいえず、原始資料としてメモ等が存在し、その一日分の集計の記載と思われるところ、原始資料は提出されておらず、また、売上品目ごとに単価の記載もなく、その正確性を担保するに足る資料もないから、これをもって洋品雑貨小売の売上金額の実額認定の資料とするのは困難というほかはない。

そうすると控訴人の主張する実額による収入金額については、結局これを認めることはできないし、実額を認定するに足る資料も存在しない。

3  原判決三二枚目裏二行目の「原告」から同三行目の「提出しないから」までを「控訴人は、棚卸表(甲七七ないし八二)を提出しているが、原審証人西田辰男の証言によれば、右各棚卸表は、審査請求時に作成されたものと認められ、これと抵触する原審証人遠藤憲子の供述は採用できない。そして、右各棚卸表が正確であると認めるに足る証拠もないから、結局棚卸高を認定するに足る資料はないというほかはない。なお、控訴人の主張(原判決別紙5)によれば、毎年一〇〇万円前後棚卸高が増加していることになるが、控訴人は、必要な商品を全て在庫として抱えているのではなく、注文服の生地については、顧客を問屋に案内して生地を選択させたり、問屋から生地を借りて販売し、現実に販売できたときに問屋が本伝票を切るような取引をしており(甲一三、一四、一六、一七、一八、二三、原審証人遠藤憲子)、在庫が増加し続けているとの主張には疑問がある。そうすると」と改める。

4  原判決三三枚目表初行の「明らかであり」から同八行目の「いうべきである。」までを「明らかである(原判決別紙5参照)から、被控訴人主張の仕入金額には争いがないと認められ、また、昭和五二年分の男子注文服製造小売及び昭和五三年分の洋品雑貨小売の仕入金額については、被控訴人においてその主張金額につき立証していないから、控訴人の認める限度で認定するのが相当である。その結果は、原判決別紙7の売上原価記載のとおりであり、これは仕入金額の実額を越えることはないと認める。」と改める。

なお、原判決別紙7の昭和五二年分の<8>欄を「20,250,612」、<9>欄を「15,971,498」、<12>欄を「18,894,792」<14>欄を「7,074,001」と改める。

5  原判決三六枚目表初行の「事情とまでいえず」の次に「(ちなみに、男子注文服製造小売業の同業者アイウエの総収入金額に対する経費のうち雇人費及び外注工賃の合計の比率の平均は、昭和五一年分が三一・八パーセント、昭和五二年分の三一・二パーセント、昭和五三年分が三一・〇パーセントであり、控訴人の男子注文服製造小売部門の総収入(前記認定額-原判決別紙7)に対する外注加工費及び給料手当の合計(控訴人主張額-原判決別紙6)の比率は、昭和五一年分が二九・八パーセント、昭和五二年分が三三・七パーセント、昭和五三年分が二七・九パーセントであり(乙一の三、四、五、七)、控訴人の主張する右経費は三部門全体に対する経費であることからすれば、その比率はさらに低下することになるから、選定同業者に比して控訴人の他人労働費が特に大きいことはない。)」を加える。

6  原判決三六枚目表四行目の末尾に「おな、控訴人は、売上原価率について、既製服や注文服の顧客にネクタイ、ワイシャツ等の洋品雑貨をサービスとして付けたり、サイズ直し代金をサービスしたりしており、全体として廉価販売をしていると主張し、その実情を示すものとして甲第一〇五号証の一、二(既製服等の原価率検討表に対する反証)を提出しているが、これによると既製服小売の売上原価率は六八・三九パーセントであり、被控訴人の主張する本件係争各年分の平均は六七・〇六パーセントであって、大差はないうえ、控訴人の提出した右反証中には、サービス品を付けていないものや、付けても全く無料にしているわけではなく、値引きしているに過ぎないもの等が散見され(同号証記載番号2・5・12・22・25-甲一一二の一〇・三九、一一三の七・三五・三七・三八)、その正確性に問題があることからすれば、この程度の差は推計の合理性に影響を与えるものではない。」を加える。

二  控訴人は、原始資料の保管が不十分である等の理由で、実額を全面的に採用できない場合でも、実額の立証を反映させて推計を一部修正すべきであり、実額立証が不十分であるからといって直ちに推計による課税を採用するのは不当であると主張するところ、本件の場合、受注簿・採寸帳・納品書・請求書等の対比によって収入金額の実額を認定できる部分もあるが、一致しないものが相当あり、実額の立証が大部分できているとは到底いえず、また実額の立証ができない割合を推認することができず、したがって、収入金額を実額で把握することはできないことは前認定のとおりであるから、部分的になされた収入金額の実額を推計による収入金額に反映させることはできない。控訴人の右主張は採用できない。

三  控訴人は、昭和五五年から昭和六〇年までの本人率による売上原価率は五〇パーセント前後であり、推計による売上原価率との開きが大きく、推計は合理性がないと主張するところ、甲第一九六ないし二〇一号証(所得税青色申告決算書控え)によれば、右期間の売上原価率が控訴人の主張するとおりであることは認められるが、当審証人遠藤憲子の証言によれば、右決算書控えは、税務署に提出したものの控えではなく、控訴人側で作成した税理士に見せる前の原稿であって、その後税理士の指摘により変更したものもあるというのであるから、正確性に疑問があるだけでなく、原始資料等の提出もなく、前認定の同業者比率法によるより右本人率を適用する方が合理性があるとは言い難い。控訴人の右主張も採用できない。

四  よって、本件控訴は理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 井垣敏生 裁判官 田中敦)

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